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何歳まで生きたいか?ではなく、今をどう生きるか?
公開日: 2023年10月25日
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こんにちは!YouTuber ウラケン不動産です。
今日は、僕の死生観に関するお話をさせていただこうかなと思っています。
僕が毎朝放送しているvoicyでは毎週トークテーマが設けられるのですが、先日のテーマが「何歳まで生きたいか」というものでした。
さて、あなたは何歳まで生きたいですか?
「90歳、100歳まで長生きしたい!」という人もいれば、「70歳くらいでぽっくり逝けたら幸せだよね」と思っている人もいるかもしれません。
僕の場合はどうかというと、まず、このお題を見た時にめちゃくちゃ違和感がありました。
なぜなら、僕は今まで何歳まで生きたいということを考えたことがなかったからです。
2つの経験が僕の死生観を作った
僕は、「毎日をどう生きるか?」ということを考えています。
その理由は、僕が幼少期と20代前半に経験した出来事にあります。
5年前に出版した本にも書きましたが、僕は4歳の時に一回死にかけています。交通事故にあって3日間意識不明の重体でした。そして奇跡的に助かって今があります。
まずはこの経験が僕の死生観のベースになっています。
そして、もう一つは大親友との別れです。
僕は友達が少ないのですが、「こいつだけは大親友!」と言えるような友人を事故で亡くした経験があります。
彼との別れは、僕の人生にとってめちゃくちゃ大きな影響を与えました。
この話は、今まで親族以外には話したことがありません。
今日はいい機会なので、僕の体験を皆さんにシェアをさせていただければと思います。
僕の唯一の親友との別れ
彼とは中学からの付き合いでした。
僕は中学1年生の時に隣町に引っ越したのですが、引っ越してすぐに友達になったのがその親友でした。
僕は野球部に入ったのですが、彼も野球部で、お互いの家も近くすごく仲良くしてくれました。
高校は別でしたが、高校で野球をやっている仲間はリトルリーグ時代からの仲間だったので、ずっとつながっているという感覚がありました。
大学は一緒で、同じサークルで野球をやりました。
大学卒業後、僕はゼネコンに就職し、彼は大手の証券会社に就職しました。
当時の証券会社は厳しかったらしく、いきなり秋田に配属されて、毎日上司にしごかれたそうです。
たまに、お盆やお正月に実家に帰った時に会うような関係になっていました。
そして、社会人になって2年目のお正月前後だったと思いますが、彼から突然会おう!と連絡が来て、会うと「会社を辞めることにした」ということでした。
同じ会社の先輩と、会社を作って独立することになったそうです。
そして独立したら忙しくて遊べなくなるので、1~2ヶ月かけて東南アジアを旅してくるといって、すぐに旅に出てしまいました。
当時は、海外の情報といえば「地球の歩き方」くらいしかなかった時代です。
東南アジアはまだまだ発展途上という感じで、そんな得体の知れないところをバックパックひとつで旅をするなんてすごいなと僕は思っていました。
僕は普通のサラリーマンをやっていたので、彼の行動はすごく刺激になりました。
ところが、1ヶ月後に突然、大学の同級生から、親友がジャカルタで事故にあって亡くなったという連絡があったのです。
中高大の友人関係を知っているのは僕しかいなかったので、10日ぐらい有給を貰って会社を休んで、友人の家に寝泊まりしながら、みんなに連絡して、お葬式の段取りなどをして過ごしていました。
彼のお父さんやお母さんは、もう憔悴しきっていて、本当に見ていられない状況でした。
現地で亡くなったので、彼のお父さんとお兄さんは現地に飛んで、彼を迎えに行きました。
すでに荼毘に付されていて、骨壺を抱えて帰ってきました。
インドネシアはムスリムの国で火葬する習わしがないので、ちゃんとした火葬場がありませんでした。
ですから、日本の火葬場のように細かい骨になるわけではなく、立派な骨が残り、骨壺からはみだした状態のまま帰ってきました。
そんな変わり果てた大親友と再会した時に、僕はダラダラ生きていたらダメだなと思ったのです。
独立して、これからどんな楽しいことがあるか?どんな苦労があるか?
期待に胸を膨らませながら希望をもって旅に出たのに、何もできずに亡くなってどんなに無念だったかと思います。
だから、こいつの分もしっかり生きようと決めたのです。
頭がやりたいことで埋め尽くされる毎日
このような経験があって、僕は何歳まで生きたいということを考えたことはありません。
毎日、「明日が人生最後の日だったら今日は何するか?」ということを考えて、絶対に無駄にしたくないと思っています。
そうでないと、親友に申し訳が立たないし、彼の分も成功して人生をとことん楽しみたいと思っています。
そして、いつ死んでもいいように、今を全力で生きることが大切だと思っています。
毎日、僕の頭はやりたいことで埋め尽くされています。
誰しも、人生をより良く、長く生きたいと思っていると思いますが、1日1日を大切に生きることの方が意味あると思っています。
そのような人生にするためには、明日が人生の最後の日だとしたら今日は何をするか?ということを考えてみるといいでしょう。
そうしたら、上司の愚痴ばかりの飲み会や上辺だけの人間関係、嘘ばかりのくだらないテレビ、残業で家族の時間を犠牲にするといった、無駄なことはできなくなると思います。
そして、本当に明日が死ぬ日だとしたら、慌ててやりたいことをやるのではなくて、普段通りの生活をするということが、僕は一番幸せじゃないかなと思っています。
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こんにちは!YouTuber ウラケン不動産です。
今日は、僕の死生観に関するお話をさせていただこうかなと思っています。
僕が毎朝放送しているvoicyでは毎週トークテーマが設けられるのですが、先日のテーマが「何歳まで生きたいか」というものでした。
さて、あなたは何歳まで生きたいですか?
「90歳、100歳まで長生きしたい!」という人もいれば、「70歳くらいでぽっくり逝けたら幸せだよね」と思っている人もいるかもしれません。
僕の場合はどうかというと、まず、このお題を見た時にめちゃくちゃ違和感がありました。
なぜなら、僕は今まで何歳まで生きたいということを考えたことがなかったからです。
2つの経験が僕の死生観を作った
僕は、「毎日をどう生きるか?」ということを考えています。その理由は、僕が幼少期と20代前半に経験した出来事にあります。
5年前に出版した本にも書きましたが、僕は4歳の時に一回死にかけています。交通事故にあって3日間意識不明の重体でした。そして奇跡的に助かって今があります。
まずはこの経験が僕の死生観のベースになっています。
そして、もう一つは大親友との別れです。
僕は友達が少ないのですが、「こいつだけは大親友!」と言えるような友人を事故で亡くした経験があります。
彼との別れは、僕の人生にとってめちゃくちゃ大きな影響を与えました。
この話は、今まで親族以外には話したことがありません。
今日はいい機会なので、僕の体験を皆さんにシェアをさせていただければと思います。
僕の唯一の親友との別れ
彼とは中学からの付き合いでした。僕は中学1年生の時に隣町に引っ越したのですが、引っ越してすぐに友達になったのがその親友でした。
僕は野球部に入ったのですが、彼も野球部で、お互いの家も近くすごく仲良くしてくれました。
高校は別でしたが、高校で野球をやっている仲間はリトルリーグ時代からの仲間だったので、ずっとつながっているという感覚がありました。
大学は一緒で、同じサークルで野球をやりました。
大学卒業後、僕はゼネコンに就職し、彼は大手の証券会社に就職しました。
当時の証券会社は厳しかったらしく、いきなり秋田に配属されて、毎日上司にしごかれたそうです。
たまに、お盆やお正月に実家に帰った時に会うような関係になっていました。
そして、社会人になって2年目のお正月前後だったと思いますが、彼から突然会おう!と連絡が来て、会うと「会社を辞めることにした」ということでした。
同じ会社の先輩と、会社を作って独立することになったそうです。
そして独立したら忙しくて遊べなくなるので、1~2ヶ月かけて東南アジアを旅してくるといって、すぐに旅に出てしまいました。
当時は、海外の情報といえば「地球の歩き方」くらいしかなかった時代です。
東南アジアはまだまだ発展途上という感じで、そんな得体の知れないところをバックパックひとつで旅をするなんてすごいなと僕は思っていました。
僕は普通のサラリーマンをやっていたので、彼の行動はすごく刺激になりました。
ところが、1ヶ月後に突然、大学の同級生から、親友がジャカルタで事故にあって亡くなったという連絡があったのです。
中高大の友人関係を知っているのは僕しかいなかったので、10日ぐらい有給を貰って会社を休んで、友人の家に寝泊まりしながら、みんなに連絡して、お葬式の段取りなどをして過ごしていました。
彼のお父さんやお母さんは、もう憔悴しきっていて、本当に見ていられない状況でした。
現地で亡くなったので、彼のお父さんとお兄さんは現地に飛んで、彼を迎えに行きました。
すでに荼毘に付されていて、骨壺を抱えて帰ってきました。
インドネシアはムスリムの国で火葬する習わしがないので、ちゃんとした火葬場がありませんでした。
ですから、日本の火葬場のように細かい骨になるわけではなく、立派な骨が残り、骨壺からはみだした状態のまま帰ってきました。
そんな変わり果てた大親友と再会した時に、僕はダラダラ生きていたらダメだなと思ったのです。
独立して、これからどんな楽しいことがあるか?どんな苦労があるか?
期待に胸を膨らませながら希望をもって旅に出たのに、何もできずに亡くなってどんなに無念だったかと思います。
だから、こいつの分もしっかり生きようと決めたのです。
頭がやりたいことで埋め尽くされる毎日
このような経験があって、僕は何歳まで生きたいということを考えたことはありません。毎日、「明日が人生最後の日だったら今日は何するか?」ということを考えて、絶対に無駄にしたくないと思っています。
そうでないと、親友に申し訳が立たないし、彼の分も成功して人生をとことん楽しみたいと思っています。
そして、いつ死んでもいいように、今を全力で生きることが大切だと思っています。
毎日、僕の頭はやりたいことで埋め尽くされています。
誰しも、人生をより良く、長く生きたいと思っていると思いますが、1日1日を大切に生きることの方が意味あると思っています。
そのような人生にするためには、明日が人生の最後の日だとしたら今日は何をするか?ということを考えてみるといいでしょう。
そうしたら、上司の愚痴ばかりの飲み会や上辺だけの人間関係、嘘ばかりのくだらないテレビ、残業で家族の時間を犠牲にするといった、無駄なことはできなくなると思います。
そして、本当に明日が死ぬ日だとしたら、慌ててやりたいことをやるのではなくて、普段通りの生活をするということが、僕は一番幸せじゃないかなと思っています。
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